明治時代の寝具革新
今回は、明治から大正初頭にかけての日本人の生活様式についてです。
ちょうど彼らが洋服の下に昔ながらの褌(ふんどし)をつけていたと同じように、生活の内部にいくほど保守的な傾向を強くもった、いわば見せかけだけの文明開化の実情を、あからさまに示すものでした。
この時期、玄関や御座敷という接客部がとても発達しました。
しかしその反面、台所とか寝室といった居住部がなおざりにされる日本住宅の跛行現象は、ふりかえって考えてみると、古代末期の塗籠いらい中世・近世を通じて長いあいだ上層階級を支配した伝統的な生活様式を背負ってきたものでした。
ですから近世初頭に寝具の羽毛 フトンが出現して、寝具の上に改良とくふうが加えられたからといって、居住部に対する認識があらたまったわけではありません。
蒲団が日の当たる場所に飾られるというようなことは、嫁入りの風俗と遊郭の飾り夜具と例外として、日本の生活史ではまずありえないことなのでした。
そうした背景のあるところで、明治にはいると安価な外綿の流入が契機となって、蒲団がしだいに一般庶民の住宅に浸透してきました。
ですから、その過程にあらわれた現象に万年床というはなはだ非衛生的な寝具風俗があったのも故なきことではなかったのです。
寝室にあてられる空間(主として納戸)は、住宅の中でも窓もなく、通風的な部分にめぐまれない、文字通り日の当たらない部分でもありました。
そこに、従来の寝筵(ねむしろ)や天徳寺にかわって、吸湿性の高い綿蒲団が持ちこまれ、以前の習慣のままにそれを昼も夜も敷きっぱなしにしたのです。